⭐️宗教と福音の違い⭐️
- 玉 黄色
- 2023年6月8日
- 読了時間: 3分
世の中には宗教が沢山あります。
しかし、福音は
宗教ではなく命だという理由が
二つあります。
宗教ごとに教理が異なっていても2つは同じでありながら
福音と明確な違いを見せます。
1.宗教はその出発点が「わたし」
であり、福音は「神様」です。
宗教は出発点が私から始まり、
宗教は神の対象を認める宗教と、
自分を神の可能性として認める
宗教として分かれます。
神の対象を認める宗教の目的は、私が神を訪ねていくことであり、
自分を神に近づけて神化すること、この宗教が持つその目的は、
私が神になれるということです。
しかしながら、
人間は神に会えず、
神になることもできません。
「すべての人が罪を犯したために神の栄光に至ることはできない」(ローマ書3:23)
ここで、
福音の出発点は神様です。
福音は神様が人間に訪ねて来られたことによって、
宗教と正反対の仕組みになっています。
私がまだ罪人であったとき、
神と敵になったとき、
神が私に来られました。
神様はサタンに掌握され、
罪に支配され、神様の恵みのない中に生きる人間を愛して、
キリストを送られたわけです。
それがまさに「福音」なのです。
「私がまだ罪人てあったとき、
キリストが私たちのために死んで、神は私たちへの自分の愛を明らかにされました」
(ローマ5:8)
2.宗教は救いの基準が「行為」
つまりその行いが基準です。
しかし福音は「信仰」です。
宗教ごとに救いの道を説きます。救いの基準が「行為」という、
カトリックの教えの中には、
良い行いが救いの道と教えます。
仏教は修行が救いの道だと説きます。
しかし、人間の行いは原罪、それは、神様を離れた状態を示しており、サタンに掌握されたまま、解決することはできないものと教えます。
救いとは、
サタンから解放され、
神様に会うことにあるのですが、人間の善行、苦行、修行が、
救いに至らせることなど、
到底に行えません。
「これは行いによるものではない、これは誰も誇れないものです」(エペソ書2:9)
福音は救いの基準が信仰です。
神が、
人間と救いの約束であるなら、
私たちは行いを持って、
救いを成し遂げなければ
なりませんでした。
「善悪を知る木の実を食べてはならない。あなたが食べる日には
必ず死ぬ」とされました。
しかし、神は私たちと
救いの約束を結ばず、
キリストと約束を結ばれました。だから私たちは、
この事実を信じればよいのです。
「女の子孫はあなたの頭を傷つけ、あなたは彼のかかとを傷つけるでしょう」(創3:15)
「神様がこのように世界を愛し、神のひとり子を与えられて、
この方を信じる者は、
滅びないで永遠の命を得させる」
信仰とは、
私たちの努力で信じられるのでもなく、神様が信じられる恵みを
与えられるとあります。
「福音には神の義が現れ,
信仰によって信仰に至るようになるのです」(ローマ1:17)
前におかれた信仰は、
神様がくださった信仰であり、
後の信仰は、
私たちが信じて、
神様に口で告白する行為です。
神が恵みを与えてくださらなければ、神を信じることさえできない。「聖霊からではなければ、
誰もイエスを主だと言えません」(コリントI 12:3)
ですから救いは、神様がくださった恵みによって、私たちが信仰を受けるようになったのです。
「あなたがたは、
その恵みによって信仰が与えられ、その信仰によって救われる。
これはあなた方からのものではなく、神のプレゼントです♪
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